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まぼろしの。
- 2008/03/05(Wed) 23:19 -
「いまさらなにをあがくのです」
女はそう言ってすらりと椅子を立つ。
毎朝支度されて手渡される髪飾りのガラス細工が凛と鳴り、それと同時に絹のドレスの裾が揺れた。
言われた男はそちらに目もやらず、そうかとも待てとも声をかけなかった。
かけれないのであろう、女はそれすらわかっているかのように長い豪華な食卓、燭台の向こうに小さく見える父親に一瞥をして、身に纏う絹をくるりと翻してその場を立ち去った。
男は手の内に握る銀さえその場に置くこともなかった。
かつては英雄と唄われたかの皇帝の流れを汲むこの王朝、数百年という余りにも短いその終幕は彼女の頭上間近に重く立ちこめている。
今更自分を敵対国へ嫁がせると言った父親に呆れることしかできない。
欲に走って無理に民から税や食物を絞り上げたわけではない。
無益に殺生を好んでいたわけでも、自国の領土確保の為に無意味に敵を作ったわけでもなかった。
ただ父は、神を疎かにした。
或いは他にも何がしかの原因は在ったのかもしれなかったが、所詮王宮奥深くに籠もる自分自身には計り知れなかった。
幾度となく自分達に流れる血の誇りと名誉に懸けて反発を繰り返してきた私たちと彼ら、そこに決着はなきにせよいつだってこの国の全土を支配してきたのはこちらだった。
さらなる平定も望めたはずだった。
女である自分の末路を想像すると、自ら命を断つ他ない。
彼女は気丈にも、女々しく泣いたりはしなかった。
ただ時の声が聞こえる。
それは隣からやってくる。
「お逃げ下さい」
天蓋の中で黙って外を眺めている後ろ頭に、それはこの世のものとは思えないほど弱々しい声を聞いて振り返る。
燭台を持った少年が震えながら扉近くに立っていた。
「お逃げ、下さい」
金の混じる薄茶の髪を掻き上げながら、彼女は頭の飾りを抜き取る。
少年の持っている燭台では炎が一定の速さで揺れている。
「いまさらどこへゆけと言うの」
「どこでも、良いのです、外ならばどこでも」
「おまえも一緒に来てくれる?」
「えぇ、ええ!」
かちかちと音がする。
少年の震えが歯列を鳴らす。
自分より十若い。
この子の頭上にも終幕は今かとのしかかる。
「もういいのよ。王を置いて王女だけが外へ逃れられるはずもないのだから」
「いえ、王位は今、すでに」
「あなたまでそんなことを言うの。遠征が多いが為に国内の統治の権限を与えただけよ、お兄さまが王と名乗ることを許したわけじゃない。彼らはお父さまの首を逃すわけはないわ」
「違います、違うんです明日、明日から王は宮殿を離れます」
「───お父さまの方?」
その質問に、少年は燭台を揺らすだけで答えた。
知っていたのよ。
確かなのね。
知っていたのよ。
実質の権限はもはやお兄さまにある。
王朝の最期を見届けない王にどんな国民がつくというのか。
ため息と共に張り詰めていた空気が萎んでいく。
失笑が絶望に転じて諦めを言い聞かせる。
彼女は枕の下にするりと腕を伸ばした。
「王が外に出るのと同時に神官が手引きします、明日になればもう逃げることはできなくなるのです」
「誰が逃げるの」
神を侮った父が神官に裏切られるのは道理だと思った。
枕の下から取出した小瓶の蓋を開ける。
それを見た少年が目を見開き嫌と声を張り上げ、燭台を投げ捨てて駆け寄ってきた。
「やめて下さい、なにをするおつもりですか!」
黒髪。
少年。
浅黒い肌。
この子の肩は、こんなに細かったのだろうか。
「いや、いや!いやだやめて!やめて僕は」
濡れる睫。
落ちる涙。
変声期を迎えずに閉じる喉。
明日になれば、食い込む鎖。
「あぁ、ああ、嗚呼誰か、助けてたすけてたすけてたすけて」
初めてこの子に触れてもらえた頬が、指の感触を伝えてくれた。
私の召使、臣下、家来、奴隷、安寧。
至る全てに幼さが残す純粋さを覗かせる。
何事もなく成長してくれたなら、きっと私は恋心を募らせたに違いない。
そうして夫となる男の肌に、この子を重ねて見るのだろう。
この子が妻を娶ったときには、私の幻想を抱くのだろう。
声が聞き取れなくなった。
終幕はついに姿を現した。
泣かないで。
泣かないで。
この子の目の前で首を撥ねられなくてよかった。






終わり
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