幼馴染との恋愛について3
- 2011/09/05(Mon) 20:56 -
大学の講義が終わって帰宅の電車から降りた頃、智が携帯に電話を寄こした。今日は雨が降っていた。
「茶智ちゃん」
「うん。今どこ?」
「今二丁目の配達終わったところ」
「雨降ってるね。濡れた?」
「うん」
「じゃあ私もうすぐ家につくから、そのままうちに来ていいよ」
「わかった」
智が配達で雨に濡れた日は、私がタオルを用意して待つことが日課になった。智は何を考えているのか、それをごく当たり前の日常であるかのように受け入れた。こんなに近づいていても私達はなんの関係の変化もなかった。だけどわざと変化させないようにしているのだと私は思っていた。



「茶智ちゃん、濡れた」
「あ、先にそっちのタオルで足拭いて。さっき智の部屋から着替え持ってきたからそのまま二階あがってきて」
「わかった」
戻ってくる途中で本降りになった雨のせいで、カッパを着ていたにも関わらず智は濡れネズミのような姿になっていた。しばらく美容院にも行っていないせいで伸び放題の髪がよけい肌に張り付いていた。
言われた通りに先に足だけ拭いてから私の部屋に上がってきた智に、着替えとタオルを渡した。そのタオルで頭を拭く智が、途中で何かを思い出したように顔を上げた。
「なに?」
「スイちゃん」
思いも寄らない名前が出てきて少し驚いた。
「臼井くん?」
「うん。あのさ、スイちゃんね、茶智ちゃんのこと本当に好きなんだよ」
「…はい?」
何を言われたのか知らないが、智がいつもと同じように平然とそんなことを言ってのけた。きょとんとした私の反応が理解できなかったのか、智は本気で応援しているかのような顔でもう一度同じことを言った。
「知ってたの?」
「中学のときに言ってたから。昨日また言われて、茶智ちゃんにも言ったって言ってたから」
「臼井くんのこと応援してあげるの?」
「応援ってよくわかんないけど…でもスイちゃんいいヤツだし茶智ちゃんもいいヤツだし」
「変なの。もう店行ったら」
「うん。もう行くね」
私が少し怒ったことを智は察しもせずに、また部屋を出ていった。律儀に玄関まで見送った私に、靴を履きながら智が振り返った。
「茶智ちゃん、俺の部屋の茶智ちゃんの携帯番号書いた紙、書き換えた?」
「何年前の話してるの」
「三年前だよ」
「知らない。私じゃないんじゃない」
「茶智ちゃんの字だよ。あと隣にカエルの絵が…」
「余計なことして悪かったわネ。もうしないから」
「余計じゃないよ。俺茶智ちゃんの字すきだし、もっと」
「早く行きなよ。おじさん待ってるよ」
「うん。わかった」
貸したままのタオルを頭にかぶりながら智は店の手伝いに戻った。


その一件は私の中でかなり大きな出来事だった。臼井くんの恋心は私自身小さなときから察していたので特別仲良くなることを良しとしてこなかったほどわかりやすいものだったのに、とうの智本人は一番仲良くしている男友達のそういった感情に一番身近に触れてきたくせに何も肝心なことをわかっていなかった。わかっていないどころか、自分の気持ちにどこまで鈍感なんだろうとあきれてしまった。毎日弁当を作る理由を聞けばよかった。雨の日に心配する理由や、自分の着替えを頼む理由をもっと早くにはっきり聞いておけばよかった。私は少し疲れてしまった気がした。



臼井くんの家へ初めて訪ねた。うなぎ屋の店じまいをし終わった時間だったので、臼井くんは白いエプロンをつけたままだったが、大丈夫と言って外に出てくれた。職人のような雰囲気だった。
「この間の件なんだけど、ごめんなさいって言いにきたの。長い間どうもありがとう」
「あぁ、なんだ」
臼井くんはそういって笑った。やっぱりくまみたいな人だと思った。
「こちらこそ言ってしまってごめんね。わかってたのについ」
この人でさえわかる事実を、どうしてこんなに遠回りしているのか疑問にすら思った。
「智んち、行こう」
「あ、私今日はちょっと」
「ご飯ねぇ、一緒に食べようよ」
結局有無を言わさず連れて行かれることになった。



「智!スイとさっちゃんだぞ!」
恒例のようにおじさんは厨房に向かって叫んだ。今日はおじさんがのれんをしまっていた。臼井くんはカウンター近くの席に座ったので、私もその席の向かいに腰を下ろした。おじさんが四人分の夕飯をテーブルに並べ始めたので、今日はみんなで夕飯かぁと思った。
智がなにやら食堂から二階の自宅に繋がる階段を忙しそうに駆け上がっていた。テーブルにはもう食事の準備が全て揃えられていたので、智のお父さんがなにやら二階に向かって一言叫んだあと「かまわねぇから食っちまおう」と智を待たずに始めた。
智はエプロンをしたまままた階段から走って降りてきたかと思うと、いきなり私の目の前に信じられないほど可愛らしい封筒を差し出した。
「え?なに?」
「茶智ちゃん、これ」
「手紙?え、どうして?」
「あの、昨日言ったこと本当に余計なことじゃないから、もっと茶智ちゃんの字見たりしたいから手紙書いたりしたら返事くれるかなぁと思って」
臼井くんが「夕べ書いたの?」とのほほんとした笑顔で言った。おじさんがラブレターか!とひやかすように言った。
「ラブレターじゃないよ」
「なんだと、おめえさっちゃんにラブなことに違いはねえだろ」
「ラブって?」
「茶智ちゃんのこと好きってことだよ。智、好きでしょう?」
きょとんとした智が、少ししてからようやく合点がいったかのような顔つきになった。
「あぁ…あー、あぁ、そっか、そうだね。スイちゃん、じゃあ茶智ちゃんだめだよ」
臼井くんがくまのような笑顔を作った。
「うふふ、俺最初っからそんなの知ってたよお~」
「俺茶智ちゃんのこと好きだったんだなぁ…」
ごはんに箸をつけた智が独り言のように呟いているのを見て私はほっとするよりもっと疲れてしまった。




その日の夜、片付けを終えた智が私の部屋にやってきた。仕事を終えてから部屋にくること自体珍しかったので、どうしたのと尋ねた。
「茶智ちゃん、うち来る?」
「今から?何かあるの?」
「なにもないよ」
「手紙書くからだめだよ」
「うちで書けば?」
「手紙の意味ないじゃない」
「違うよ。茶智ちゃん、うちに住めば?」
「…はい?」
開いていた便箋を閉じてベッドに腰掛ける智に向き合った。
「どういう意味?」
「俺、茶智ちゃんのことすきだから、一緒に暮らさないかなぁと思って」
「…私まだ大学生だし、無理じゃないかな」
「わかった」
珍しくしゅんとしたそぶりの智に、なんだか力が抜けていくのがわかった。昨日までその恋心すら自覚できていなかった人のせりふとは思えない台詞だった。たまに智のことを怒ってしまいたくなるときが昔からあった。でも結局怒ったことはなかった。今回もまた怒るようなタイミングがみつからないまま進んでいくんだろうなと思った。
結局一週間後には智がうちで暮らすようになったのだった。








おわり
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