初恋
- 2009/10/19(Mon) 22:04 -

「指輪ぁ?」
およそそういった類から縁のない花道から聞きなれぬ単語を聞いて、洋平は思わず読んでいた雑誌から顔を上げて裏返った声を出した。
花道は相変わらずこちらに背を向けたままタンスの奥をがさごそと漁っている。
猫背になっていく背中が振り向かずに喋った。
「そー。昨日よ、出ただろユウちゃんの話」
「ユウちゃん?」
洋平が言ったんじゃん、と、暗に覚えていないことを責めるような眼差しでようやくこちらを向いた花道は、いつものようにスネた合図に唇を尖らせた。
ユウちゃんという子がいたのだ大昔。
くりっとした大きな目に、少し茶色みのかかったふわふわの髪の毛。
ユウちゃんと呼ぶとなあにと笑顔で振り向くその子は、紛れもなく洋平や花道の通う幼稚園のアイドルであった。
「おまえトートツにユウちゃんの話したじゃん!」
花道がぶーたれるのと同時にあぁ~と思い出す。
一昨日母親が整理したアルバムの中から懐かしい写真がわんさか出てきて、その中に幼稚園時代のものも数多く混じっていて、さらにその中にかのユウちゃんが写っていたのだ。
それを見て洋平は花道にユウちゃんっていたっけな~と、何も考えずに話を振ったのだった。
「俺もなんかすげー懐かしくなって、夕べ風呂入りながら思い出したんだ。そんでお祭り思い出した」
「お祭り?」
「昔行っただろ。みんなで。夏にお祭りあんじゃんあそこの神社でさ」
そんなものもあったねそういえば、と、連鎖して頭の中に蘇ってくる様々な記憶をつつがなく整理しながら洋平は笑った。
それを見て花道も「だろ」と追従し、地元民しかしらないような祭りの記憶を探る。
夏に裏山の神社で特に大々的な宣伝もなく行われるお祭りは、この辺に住んでいる子供達なら誰もが一度は行くようなイベントだった。
ただしそれ相応の年になると同時にぱったりと行かなくなるので、このお祭りの話題は誰もが懐かしい顔をする。
例外ではない花道と洋平も懐かしいなぁ~と言い合いながら、それとユウちゃんとを必死に繋ぎ合わせていた。
「ユウちゃんのさ、最後の夏だったんだよ」
「あー、そういや引っ越したんだよなユウちゃん」
「そう!だからみんなでお祭り行ったんだよ」
絶対引率者はいたはずなのにそこは都合よく記憶がない。
思い出は美しいところだけ切り取ったように残ってゆくものだ。
「ほんでな、俺、ユウちゃんに指輪あげようとしたんだよオモチャのさ~」
「なに花道抜け駆け?そりゃ初耳だな」
「だってみんなユウちゃんのこと好きだったじゃねーか。洋平だって好きだったろ?」
言われて考えてみれば、初恋はいつかと聞かれたら未だなような気もするので、当てはめるとすればそのユウちゃんになるのだろう。
花道も聞くまでもなくユウちゃんが初恋なのだし、当時から一緒にいた野間でさえ初恋はユウちゃんか?と聞けば笑って返事がくることだろう。
考えて笑いながら、そしてその指輪がどうしたのだと、今日の本題へようやく移ることにした。
「俺渡してねえような気がすんだ。だってなんかこの前この部屋のどっかで見たもん。だから俺洋平がユウちゃんの話したときに一番最初に指輪のこと思い出したんだもん」
「おまえその指輪まだ大事に持ってたのか?」
あきれた顔で花道を見上げると、文句あるのかと言われそうだったので先にフォローをかけておいた。
さすがこの年になって彼女と一緒に下校するのが夢だと言い張るだけはある。
貴重なほど純情で、うっとおしいほど乙女に育ってしまったらしい。
「さすがにねえだろ。いまさら探してどーすんの」
「気になったの!なんとなくだっつの。あったらあったで気が済むから」
絶対この辺で見た!と花道があまりに言い張るので、洋平もついそちらに気を向ける。
何度か視線を元通り本へと戻したものの、同じ室内でずっとかさごそとやられては集中できない。
タンスは?引き出しは?そっちの天才ダンボールって汚ねぇ字で書いてある箱の中は?と質問を投げかけるたびに同じ答えしか返ってこないので、ついに洋平は雑誌をぱたんと閉じた。
「だめだ俺も気になってきた。一緒に探そうぜ」
手助け無用!ときっぱり言う花道をさらりとかわして、二人の捜索は夜中の二時まで続いた。


「は?指輪?」
昨日の洋平と同じ反応をする野間に、二人が揃ってユウちゃんの説明から入った。
野間も二人と同じ幼稚園に通っていた仲なので、当然祭りも一緒に行っているはずである。
花道の、指輪とともに叶わなかった初恋エピソードを聞かせてやりながら、結局おもちゃの指輪はみつからなかったと二人が眠そうな顔で告げた。
「実際失くしたとか実はちゃっかりあげてたとかそういうオチなんじゃねえの~?」
洋平があくびをしながら言うと花道がムキになって否定する。
「あげてねーし!だってこの前どっかで見たし!」
「それ夕べ百回聞いた」
「ほんとだって!俺あげてねーもん」
「そんなに気になるんだったら雄二に聞きゃいいだろ」
野間がさらりと言った一言を聞き流しそうになるのを二人はかろうじて反応を示す。
「なあんで大楠に聞いてわかるんだよ」
「なんでって、アレがユウちゃんだろーが」
…は?と、言ったのは洋平で、同じく口を開けた花道は発声にまで至らなかった。
「……なに?どゆこと?」
「え?うそ、おまえら知らんかったの?」
知らん、とも、知っている、とも、二人は反応できなかった。
「ユウちゃんだろ?あれ雄二だって。なんで未だにしらねーんだよおまえら」
いやいやいやいや…と、洋平が事態を飲み込みかけているにも関わらず否定しにかかったが、花道はぽかんと口を開けて野間と洋平とを交互に見やるだけになっている。
野間は信じられないものでも見るような目つきで二人を眺めた。
「おっま…ばっか、おま…、ユウちゃんを未だに女の子だと信じ込んでるやつがいた事実に俺はびっくりだ」
ユウちゃんはどこかへ引っ越したのだ。
ただし何年後かに戻ってくるからと言っていたことも確かだ。
だけど子供の頃の数年は、大人の何十年となんら遜色はなく、その響きはまるで永遠に会えないという呪詛のように頭に残っていた。
「悪魔かあいつは…」
くりっとしたふわふわのかわいいユウちゃんが、誰がどう考えれば性別を超えて街角で同族に「あぁコラいってーなてんめ三バカとか言っちゃってんじゃねーぞ」とまくしたてるバカになることを想像できただろうか。
確かにユウちゃんは約束を守って数年後この町へ戻ってきていたのだ。
ただし誰もユウちゃんだとは思わなかったに違いない。
大楠は間違いなくただの新参者転校生としてやってきたのだ。
「ネタあがったのだいぶまえだぞ。これ聞いてあの頃のメンツみんな卒倒したからな」
「俺は今卒倒しそうだ」
洋平は途端に指輪なぞどうでもよくなり、花道は目に溜めた涙をこらえることに必死になっていた。
この晴天の光がさすこの教室に、せめて今日は大楠が現れなければいいと願っていたそのときに、悪魔は「おっはよー」と能天気な声で教室にやってきた。
「なんだ朝からシンミョーな顔しやがって。見ろよこの天気!まるでフケろといわんばかりじゃねーか!」
誰も声を発しない教室の隅で、大楠の金髪だけが陽に透けて反射するので、本当に思い出はきれいなところばっかりしか思い出せないような仕組みになっているんだなぁと、洋平は遠い目でその金色を眺めた。



おわり
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